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子どもの過ちには怒声ではなく、道理と感情の説明を

我が家では親が子を”感情的に怒ってしまったとき”は必ず子どもに謝るようにしています。

僕の理想は『感情的になりそうになったら「まーいっか」と受け流すこと』ですが、まだまだ上手くいかないこともあるわけで。

そうなったとき『感情的になってしまった自分を認めて子どもに謝れるか』ってとても大事だと思っています。子どもに非があろうがカッとなって怒ってしまったら絶対に謝ります。

「とーちゃんはこう感じたんだ。ちゃんとお話しするべきだったね。怒ってごめんね。」

もうこれは絶対です。怒鳴りつけたって子どもが萎縮するだけで何にも良いことない。やってしまったなら自分の非を認めて謝るべきだし、そこに大人も子どももないと思ってます。

大人が子どもを怒鳴りつけて萎縮させても、それは無理矢理謝罪の言葉を言わせようとしてるだけで、そんな謝罪には何の意味もないし、それをされた子どもにはその方法論がインプットされてしまうから先々そういった手段を使いかねないというリスクもあるわけです。

「それはこういう理由でやらない方がいいよ。それをされたらこんな気持ちになるんだよ。」と説明してあげることが一番だと思うのです。

子どもに謝れない大人

最近息子に起こった残念な事例を1つ。

以前にも書きましたが、息子氏が今年度からバスケを始めました。

とりあえず楽しそうに通っていて、帰ってきたら「今日はこんな練習した」とか「将来はNBA!」とか言ってます。

ゴロゴロして漫画読んだりテレビ見てる姿を見ると「うぉい、NBAが聞いて呆れるわ!( ゚д゚)」と思うこともありますが、まぁ小学生なんて概ねそんなもんでしょう。

そんな息子氏、先日練習から帰ってきたらなんだか不貞腐れていたので話を聞いてみると、あまりに暑かったから何人かで扇風機で涼んでいたら自分だけ名指しで「扇風機に手を入れようとするな!」と怒られたとのこと。扇風機に手を入れようとなんてしてないのに、と。。。

現場を見たわけではないので「そっかー、コーチにはそう見えたのかもね。でもイヤな気持ちだったな。」と伝え「自分はやってないと言ったの?」と聞くと、急に大声で言われたからびっくりして何も言ってないとのこと。

息子は僕らに言ってスッキリしたのかその後は普通に過ごしていましたが、僕と妻は少々モヤっとしていました。とはいえ息子自身はまだまだバスケを楽しみたそうだし見守りつつフォローしていくしかないね、という結論に。

そしてある日、妻が息子のバスケチームに用があって行ったそうで、ちょうど例のコーチもいたので息子も交えて少し話をしたところ、、、

「扇風機に関してはみんなに言ったつもり。こんな形で意見を言われるなんて初めて。注意されるのが嫌ならもう注意しない。」

こう言われたそうです。

、、、は? 子どもか!?

いや、子どもに失礼ですね。

いきなり大声で怒鳴りつけたのは事実みたいだし、その場にいた全員に言ったのか、たまたま目に入った息子を名指ししたのかはわからないけど、いい大人が、ましてや指導者の立場の人がそんなツッパリ方あります?せめて「誤解させてごめんな」で良くないですか?

ちなみに息子は「上手に付き合いながら続ける」そうです。いや、大人か!

子どもは周囲の大人の背中を見て育つ

子どもが成長する上でモデルにするのは親だけではないと思うのです。

学校の先生をはじめ、関わる大人全てが子どもの成長におけるモデルなのです。

子どもたちはいろんな大人たちを見て学び取り、そこから取捨選択し成長していくものだと思います。

『子どもは環境が育てるもの』

これに尽きると思うのです。

子どもの成長には、もちろん子ども同士のコミュニティの影響もあるだろうけど、それ以上に周りの大人の影響が大きく、魅力的な大人が多ければ子どもはその魅力を吸収していくのではないかなと。

結局子育てって自分磨きでもあるんだよなぁ。。。

この記事にも通じるんでまだ読んでない方は是非!

それではまた(=゚ω゚)ノ

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